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筆 者: 濱 田 純 逸
●08月28日 木曜
28日、29日がいっぺんに【注121】通りすぎてなんだか損をしたような気分だ。とうとう最後の日記を書く時になった。明日はもう鹿児島につくなんてうれしいようなあっけないような…。またシアトルに行きたいよー。朝、必ずSee
you againって言うつもりだったのに、結局昨日の夜といっしょで泣くのでせいいっぱいだった。家を出るのもすごくつらくて、道を歩くにもこれが最後なんだと思うと・・・・・・。ジムやラナ、キムと別れる時は三人いっぺんに会えなくなるのが悲しくてあまり顔も見られなかった。車の中では風景を見ているだけで、あとからあとから涙が出てしまった。スージーさんが、「Come
back! Come back!」とハンカチを渡してくれて・・・。それがすごくうれしかった。またもどって来るぞと思うといくらか明るくなって・・・。みんなは私よりおくれてバスの近くでワーワー泣いていた。そこでまたちょっぴりもらい泣き。バスに乗りこんでからいっときは女子のすすり泣く声【注122】が続いていた。空港に着いた時、開いたお弁当。みんなすごい! 手作りのクッキー、果物、サンドウィッチ。私も今日はピーチつきのお弁当、おいしかった。飛行機でアンカレッジまで約三時間くらい。
注121 |
おそらく、この日の日記は8月29日に成田のホテルで、28日と29日分を書いたものである。アメリカから日本への帰国便は、出発日の翌日夕刻が到着時刻の現地時間であるため、一日が消失したような印象を受ける。すなわち、8月28日の午前中にシアトル空港を出発して、アンカレッジ空港で乗り継ぎをして日本の成田に8月29日の夕刻に到着したものと思われる。着後、成田のホテルで一泊して、翌日に羽田から九州行きの飛行機に乗る行程である。ちなみに、日本からのアメリカ西海岸行きの往路便はその逆で、日本を出発した日の午前中にアメリカに到着するのであり、一日が二回あったような錯覚になる。
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注122 |
出発の光景は、いつ見ても悲愴感と壮絶感にあふれている。想像を絶するものがある。私も何十回となく居合わせているが、日本の両親にこの光景を見せたら、どの様に感じられるだろうかといつも思うことである。泣きじゃくる参加者を無理やりバスに乗せながら、自分ももらい泣きをしてしまう。また、ホストファミリーの子供達もまた尋常ではない。母親の胸に抱きついて嗚咽する子供も珍しくない。この世の最も過酷なものは「別れ」ではないかと思ってしまうほど、壮絶である。おそらく、このようなやるせないほどの悲しみを体験することは、彼らの人生に何回あるのだろうかと思えるほどの時間である。
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⇒ 翌日(30日目 08月29日)へ
登 場 人 物 |
中学二年生のホームステイ参加者/鹿児島県出身 |
田中みゆき |
ホストファーザー/ワシントン州シアトル市在住 |
ジム アレトン |
ホストマザー |
キャシー アレトン |
7歳の双子の姉 |
ラナ アレトン |
7歳の双子の妹 |
キム アレトン |
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