異文化の生活が慣れない生活ならば、常に挑戦する勇気が大切である。新しいことへの挑戦がなければ、異文化の生活に価値はない。勇気を持って前に一歩踏み出した時、それまでの苦悩が巨大であればあるほど、得られる喜びもまた大きく、勇気も倍増する。彼女の「いい体験したな…。」というつぶやきには、安堵感すら感じさせる。電話をかける前、勇気がなくてベッドで泣いた時、彼女と一緒にキャシーも涙を流したらしい。この共有する時間と空間と涙が両者の心をつなぐものであるし、それがホームステイの真骨頂でもある。その時、彼女は変わらぬ愛情を感じたと帰国後のある原稿の中で述べている。いずれにせよ、この電話をかけることさえも彼女にとっては、想像を絶する程の勇気がいったらしい。
私が出発前の研修会において最も生徒に要望することのひとつに「自主性」がある。「TRYの精神」がなければ、アメリカ社会では生活することにも困難を伴うと説明し、また、積極的な自己主張がアメリカ人の美徳であると断言する。このことは出発前から彼女の頭の中に大いにこびりついていた様で、これを実践すろことが彼女のホームステイの終極的な目的でもあったと、後日、私が彼女の家を訪問し、いろいろと質問した時に、折にふれて話してくれた事でした。いずれにしても、この「いい体験したな・・・。」としか日記には記されていないので、これ以上を日記においては知ることはできないが、先述したように、この体験をもとに、帰国後出場した弁論大会で、彼女は次のような原稿を作成している。ホームステイ期間中における単なる一つの体験であろうけれども、この体験が彼女に与えた影響がいかに大きいものであるかを知っていただくために、ここで紹介したい。
「もっと大きく」
「おまえも一度行ってみないか。」と、言うので、今年の夏、私はアメリカに行きました。父や母は、私の消極的な性格が少しでも変われば、というので決心がついたらしいのですが、私の方は(おもしろそうだな)ぐらいの気持ちだったのです。しかし、その気持ちも、日がたつにつれて不安へと変わっていきました。(たった一人で大丈夫だろうか。)私は複雑な気持ちといっしょに三十一人の仲間達と飛行機に乗りこんだのです。そして二日目、私をむかえてくれたのは、すばらしい家族でした。一ケ月間住む家の玄関には、買ったばかりのこいのぼりが泳ぎ、子供達の部屋の黒板には「WELCOME」(ようこそ)と書かれてあったのです。私は一瞬、今までの不安が消えたのを感じました。そんな、ほんの一時の喜びも感激も夜になるとさびしさに変わり、私を困らせました。私を二晩も泣かせた一番の悩みは、なんといっても言葉の違いです。でも、それがかえって私を感激させたこともありました。
アメリカに来て、ちょうど一週間程たったころ、私は電話をかけなければならないことになったのです。お母さんから話し方を習って紙に書いたまではよかったものの、そこで私はまた考えてしまいました。みなさんは(何も電話一つで脳むことはないじゃないか)と思うかも知れません。でも私は、人一倍の心配性です。(途中でわからなくなったらどうしよう)(何か聞かれたら…)そんなことを考えているうちにどんどん鼻がいたくなってくるのを感じました。おかあさんが、心配した顔で私の目を見ているのに気づいて、私はいつものように単語を並べました。「私には勇気がない。」とそう言ったのです。おかあさんの青い目が赤くなって、びしょびしょにぬれてくるのを私は見ました。それから言ってくれた言葉を私は絶対忘れないでしよう。「TRY」その一言に私は受けとれないほどいっぱいの愛情を感じました。「やってみなさいミユキ。がんばってミユキ。」私の耳にはたくさんの言葉がこだましました。そして自分が、あまりにも小さかったことに気がついて急にはずかしくてたまらなくなりました。それといっしょにうれしさもこみあげて(こんな私でも、家族と思って心配してくれた。本当に愛してくれている。)私は胸がはれつしそうなのを感じました。みなさんのおかあさんともたぶん違いはないでしょう。でも、みなさんとみなさんのおかあさんとは愛情の他に血のつながりがあります。今までの長い生活もあります。私の場合は、そんなものは一つもありません。ただあるのは愛情だけ。それでもその間のつながりは、みなさんとおかあさんとの間と同しくらい固かったと私は信じています。
別れの日、私は、目の色も、髪の色も、言葉も違うお母さんとお父さんの胸にだきよせられてまた泣きました。大きな胸はそのまま大きな心だったんでしょう。とてもあたたかだったのを覚えています。私はアメリカで一ケ月生活して、自分の心の小さくてせまいことを思い知らされました。そして、これはそのまま日本人みんなにいえることじゃないかと、このごろ思います。「日本はとても安心してくらせる所」と言われている反面「日本人はうさぎ小屋に住んでいる。」「働きすぎだ。」とも言われていることを、みなさんは知っているでしょうか。「子供の頃は塾やテストに追われ、大人は大人で仕事に追われ、あげくには使い古された品物のように、一つの部屋におしこまれる。」そんなケースが多いと思いませんか。その中で自殺が増えるのも非行が増えるのも、不思議じゃありません。日本はせまくて、うさぎ小屋に住むというのはわかります。でも、心までそんなところにとじこめておくことはないんです、心は、もっと自由におどらせ、ふくらませ、そして、大きくしていかなければならないもの、そう思いませんか。
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