Puyallup 更新情報
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Puyallup引率者レポート
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3月26日(木)
一日中雨だった昨日から、今朝は一転晴れ渡り、空港へ向かう朝日が眩いほどであった。集合時間は、早朝7時15分、バス出発は7時30分。この15分で様々なチェックや注意事項を終わらせるためには、皆さんの協力が必要だ。現在の鹿児島空港駐車場の混雑問題を話していたため、全員が時間に余裕を持って来てくれた。私は職業柄か、生徒のスーツケースを持つと、重量オーバーしているか否かが瞬時にわかる自称歩くスケールだ。しかし今日は、何人かのスーツケースが微妙に超えているかギリギリOKかどうかがわからなかった。空港内での集合ならば、カウンターで量れるのだが…と思っていたところに、なんとケンシロウが小型の荷物のスケール機器なるものを持ってきていた。こんなものがあるのか、と感心しながら見ていると、案の定二人が重量オーバー。その場で荷物を取り出してもらった。ありがとうケンシロウ!
荷物のチェックから出発式までスムーズに進み、バスは定刻に出発。現在の世界情勢を考えると、親も子も不安なのは十分理解できる。いつもより更にもって引率の重責を感じている。今年ほど必ず無事に連れて帰る!と心に誓ったことはない。全員が車窓から保護者や先生達に手を振る生徒たち。表情には出さなくともきっと期待や不安など複雑な思いを胸に鹿児島空港を後にしたことだろう。いつまでもバスに手を振る保護者の姿が段々小さくなり、バスは一路熊本空港へ。
事前に3校合同の顔合わせをしていたおかげで、自然と他校の者同士が座席を隣り合わせに打ち解けている。熊本空港にも、定刻通りに到着し、無事に搭乗手続きから出国審査を終え搭乗口へ。約2時間強のフライト時間の中では、慌ただしく機内食が配られる。スターラックス航空の機内はとてもきれいで、飛行機もまだ新しい感じがした。台湾の台北空港に到着後、乗り継ぎのため、再度セキュリティーを通り、搭乗口へ。そこに行く前に台湾ドル換金のために、両替所へ。何人かが換えたところで、実は今は日本円も使えるということがわかり、換金はせずに日本円で支払いすることに急遽変更する。色々と事情はわかるものだ。
ここでは、待ち時間がかなり長かったが、最初に空港内散策のために約1時間解散。再度集合し、現地での注意事項やサヨナラパーティの話し合い。その後、軽い夕食のため再度自由時間。飲茶やその他の台湾料理を堪能した。8時30分までの搭乗時間長いと感じていたが、意外にあっという間だった。台湾からシアトルのフライトは、夜行便なので、ちょうど疲れて自然と眠れるフライトである。遅い夕食が出て、映画や音楽を楽しみながら、10時過ぎるくらいには機内も暗くされた。狭い座席で座ったまま寝るという非日常ではあるが、全員よく寝ていたように思える。
私が眠りにつく時に、隣に座っていたアミとミオA.が経度と緯度の話をしていたのが聞こえていたのだが、一寝入りして目が覚めると、隣に座っていたアミが、ノート片手になにかを書いている。何をしているのかを問うと、「地球が自転している向きに逆らい自分たちが移動している速度は、自転よりどのくらい差があるのか」を計算していたらしい!!自転の時速が毎時15度進むので、台湾とシアトルの経度差をだして、それをフライト時間の11時間で割り、その比率を1対15と比べたら、結果私たちは、地球が毎時15度に対して、25度で進んでいる。私たちは自転より早く移動していて、さらに1時間あたり40分マイナスで移動していることになるから、それをフライト時間の11時間にかけたら、440分、約7時間マイナスに移動していることになるので、移動時間を省いても、7時間得したことになる、とのこと。数字に弱い私は、内容を聞いてもさっぱりだったが(笑)。「Chat GPTに聞いたら一発でわかるんですけど、スマホがないので。。。」とアミ。スマホがないと自然と自分の頭を使ってこういうこと考えるのだなと、改めて感心すると同時に、スマホの便利さの中で生活していると、気づかないことも多い。いずれにしても、スマホのないここでの生活で何か得られるものがあればいいなと思う。
スイとアオイの座席の隣にアメリカ人の23歳の青年が座っていて、二人は彼とフライトの時間たくさん話をしたようだ。「二人はとても英語が上手で、きっとここでも良い経験をして楽しめるよね」と言っていた。スイは彼と出会った記念にと、機内で折り紙を折って渡したそうだ。Good Job!!
いよいよアメリカ大陸が見えてきた。特に体調不良を訴える者もおらず、忘れ物だけはしないでほしいので、何度も注意を促しながら最後に飛行機を降りる。私たちが日本を出発すると同時くらいに、「アメリカの空港大混乱」というニュースが!アメリカの政府機関の予算が成立せずに、空港職員に給料が払われず離職する人達が増え、空港が大混乱に陥っているとのこと。東海岸の空港は数時間以上待ちと報道されていたが、シアトル空港では、そこまではなかったが、いつもより確かにスタッフが少ないように感じた。ただ長い列の中で待つだけの時間は約1時間半以上。シアトル空港の入国審査は40のブースがあったが、その四分の一の10ブースしか入国審査官がおらず、いつもとは違う光景だった。そしてその中の一つのブースにはなぜかPoliceと胸に書かれたオフィサーがいた。警察官が入国審査官に駆り出されている???とよくわからない場面に遭遇した。
ルナに何があったのかを聞いてみると、「君はなぜそんなに笑っているんだ?」と言われたらしく、その後に連れていかれたらしい。実は私にも責任があり、「心象よく、笑顔で挨拶しなさいね。」と言っていたので、彼女はずっとニコニコしていたらしいのだ。他にアヤナはホストファミリーの住所を見せろと言われたので、あらかじめ持っていたホストファミリーの住所をもってよかったと言っていた。審査官によっては時には全く別の質問をしたりするので、様々な事例を知っておかねばならないと改めて思うことだった。こころなしか、ここの入国審査をみんな一番緊張していたようだ。
全員無事に終えて、ホストファミリーやクリス先生の待つ出口へ!たくさんのファミリーがサインボードをもって待っていてくれた。その歓迎ぶりに生徒達も皆笑顔だ。旅の疲れもふきとんだことだろう。ミオA.は、シアトルマリナーズの試合に連れていってもらえるらしく、長く待っていたファミリーは早々に空港をあとにした。引率者としては、無事にアメリカに到着し、ホストファミリーに引き取られていき、この時が第一段階の安堵の瞬間である。ここに来るまでに一つずつ様々なことをクリアして、次につなげられることが何よりの喜びである。明日も元気な姿でみんなに会えることを楽しみにしている。長旅お疲れさま!!そして、保護者の方もどうぞご安心のほどを!!おやすみなさい!
3月27日(金)
ここワシントン州の朝晩はまだかなり寒い。体感としては4,5度といったところだろうか。今年もホストファミリーの都合上、クリス先生と息子さんが、私たちを車で日々の活動場所への送り迎えをしてくれることになったようだ。そこで、早朝6時半からミーティングポイントである私のファミリーの家に、7人の女子(ユズハ、ミオT.ミハル、サアヤ、アイ、シオン、ミオA.)が三々五々集まってきた。一番最初にきたミハルとミオT.が、床をはいつくばって何かしていたので聞くと、うちの家の床が汚れていると言って掃除を始めたのだ。確かにうちの家は、赤ちゃんから小学生まで6人の子供がいるため、床にはゴミがよく落ちている。それを二人が率先して掃除し始めていたのに私も驚き、日本人の清潔を保つという部分を本当に誇りに思った。ありがとう!!きっとホストファミリーの家でもそのように積極的に手伝いをしているのだろう。さすがである。
本日スイは、ホストファミリーの子供の野球のトーナメントがあるため、ポートランドまで一日旅行で不在である。一日活動には参加できなかったが、他の生徒が行けないポートランドまで遠出できるのはラッキーだ。オレゴン州は無税なので、沢山買い物をしておいでと伝えておいた。今日のスケジュールは、以前渡していたものから若干の変更があり、午前中にイナムクローの警察署へ。2年前に初めてのイナムクロー高校訪問の際に、高校常駐の女性警察官がいて、クリス先生が生徒達にパトカーを見せて欲しいとお願いをしたのがきっかけとなり、今年で3回目の訪問だ。いつもの人懐こい笑顔で私たちを迎え入れてくれた。クリス先生いわく、他の警察署にお願いしたが、どこからも断られ、ここイナムクローの警察署が唯一快く引き受けてくれたらしい。
イナムクローは私たちが住むエリアからは少し遠くて、車で(結構飛ばしての)約30分。アメリカの中でも田舎の中のまたさらに田舎であり、街並みも穏やか。ダウンタウンは古き良き時代のアメリカという感じ。小さく古びた映画館も素敵だったが、そこは今でも映画が上映されているとのこと。環境的にも素晴らしいエリアだ。そして何よりも、ワシントン州で最も高いマウントレイニアの雪山がどこからでも見えて、いわゆる「インスタ映え」写真が撮れる場所だ。マウントレイニアは日本の富士山よりも高いらしい。
警察署の中に入る機会はなかなかないので、生徒達は見るもの全てに興味津々。最初に案内された場所は、Dispatchといって、911への入電をここで通信指令を行う場所である。たくさんのモニターがあり、警察署内にある牢屋にいる犯罪者もカメラでモニタリングされていた。彼らは常に監視されているが、トイレなどのプライバシーの部分は守られているとのこと。囚人はオレンジ色の服を着せられていたが、私もいつもオレンジ色のジャケットを着ているのは、生徒達がどこからでも私を見つけやすいようにと思っていたのだが、ここでなぜ囚人はオレンジなのか?と聞くと、警察官は黒っぽい服装をしているから、犯人を目立たせる意味で、オレンジ色の服を着せているとのこと。理屈は私と同じか、と思い苦笑い。帰るときに、「私もいつもオレンジを着ているが、新入りの囚人ではないですから。」というと、笑って「You’re funny!」と言われた。
警察署でも「質問はないですか?」と聞かれても、やはり日本人はアメリカ人に比べて質問するのが少ないと感じる。そんな中、沢山質問をしていたのがショウタだ。「今まで一番怖い思いをした事件はどんな時か?」という質問には、「犯人が車の中にこもって出てこない時、車から出そうとする時など怖い思いをした」と言っていた。「質問はないか?」という問いに「誰か質問してー!」という私の心の叫びに、彼はいつも空気を読んでくれる。(笑)ちなみに私も昨日の入国審査時で、別室に連れて行かれた件を聞いてみると、彼らは、無作為抽出で誰でも呼ぶことがあるとのこと。だから何も気にする必要はないと。以前、小学生くらいの子ですらも別室に連れて行かれることもあると言っていた。
また、「日本の警察官とアメリカの警察官にはどんな違いがありますか?」と聞かれると、昨年日本に来たクリス先生が、「新幹線の中にいた日本人の警察官が、あまりにも装備が薄っぺらで大丈夫かなと感じた。」と言っていた。確かにアメリカでの警察官は、体に着けている装備品だけでも結構重いのではないかと感じるほどだ。カメラ、警棒、銃、ハサミ、手錠など、一つずつ説明しながら見せてくれた。「取り出した手錠をかけてほしいか」と尋ねられると、一斉に手があがる(笑)。手錠をかけられた様子は、さながら写真撮影会だ。笑顔での手錠よりも、フードをかぶってうつむき加減の罪人になりきって写真を撮られる様子は笑えた。Inmateと書かれた囚人ナンバーも全員書いてもらって、外で記念撮影。みんな日本の高校での自分の番号などを書いてもらっていたようだ。警察署訪問は、刺激的で楽しかったようである。
その後、近くのイナムクロー高校へ。ここも3年連続で受け入れてくれ、いつも最大限の歓迎をしてくれる高校だ。日本語クラスはないが、昨年のJapan Homestayという日本にアメリカの高校生を招待するプログラムで、ここの生徒Avaが鹿屋高校と鹿屋東中学校に2週間滞在した。彼女を中心に数名の3年生(シニア)の生徒が、グループを分けて私たちを校内と色んなクラスを案内してくれた。ここは、大変田舎ではあるが、1300人を超える生徒がいるマンモス校だ。日本の少子化と比較すると、やはりアメリカは子供の数は潤沢に多い。
高校の設備としても素晴らしい設備が整っており、職業訓練校という様相がある。車の整備や修理をするクラスは、ほぼほぼプロレベルで、高校生の生徒達が実際に車のエンジンを解体しており、かなり本格的である。他にもロボットやドローンを作ったりするエンジニアリングのクラスもあり、同様に様々なことが学べるようだ。アートのクラス、農業のクラスでは、豚や羊も飼われていた。また、クッキングクラスもかなり本格的なキッチンの設備があり、そのクラスに近づいていくと、廊下にもおいしそうな匂いがしてきた。さらに、生徒達が運営するカフェがあり、生徒達にポップコーンや好きなジュースをご馳走してくれた。生徒達も英語で注文をすることができ、アメリカの生徒達も注文を取ることをここで学ぶのだそう。それだけではなく、栄養面などもこのクラスでは学べるそうだ。ここの生徒達は、高校内でこのような実践的なことを学びながら、それぞれの将来への道を決めていくようだ。自由に様々な選択肢のあるアメリカの高校は生徒たちには、かなり魅力的に映ったに違いない。
最後に、高校側から学校のシャツやステッカーをもらい、またピザまでご馳走してくれた。いつも本当に最高の歓迎をしてくれるイナムクロー高校に心から感謝したい。
週末にアオイとミオY.は、ホストファミリーにマウントレイニアに連れて行ってもらうそうだ。また、クリス先生は、ケンシロウとサクタロウをシアトルマリナーズの試合に連れて行くとのこと。ユナのホストファミリーは知人の葬式があるということで、土曜日はクリス先生がユナも試合に一緒に連れて行くとのこと。サアヤは誕生パーティーがあると言っていた。全員にどのような過ごし方をするかは聞けなかったが、シアトルの街に行く人もたくさんいると思う。明日からの唯一の週末は、安全には十分注意を払いながら楽しい時間を過ごしてほしい。そして来週月曜日に元気な姿で会えることを望んでいる。今日金曜日にあちこちで聞かれた英語は、「Have a nice weekend!」行く前に、現在の世界の状況など、心配事もありましたが、私たちが生活しているエリアは平和そのものであり、全く心配は無用です。生徒達も元気ですし、みんなの笑顔が私にも安心を与えてくれます。
3月30日(月)
アメリカに到着して3日間は晴天だったが、昨日の日曜日は、あいにくの雨。今日も朝から霧がかかり、この時期のワシントン州の天気はこれが日常だ。週末は、マリナーズの試合、シアトル観光、カーミュージアム、パイクプレイスマーケット、スペースニードル、スタバ1号店、ショッピング、マウントレーニアなどに様々なところに連れて行ってもらったようだ。何事もなく元気な姿で全員が揃う。ホームシックや体調不良の子は一人もいない。
午前中は、Bethel高校へ。ここには日本語クラスがあり、日本語や日本文化に興味のある生徒がたくさんいるようだ。担当の政井先生が出迎えてくれた。とても話が上手で楽しい先生である。アメリカの学校には、大人のビジターが入るのは厳しいチェックがある所もあり、私はパスポートの提示を求められた。本来であれば、バックグラウンドチェックといって犯罪歴がないかどうかの証明を出さねばならないとのことだったが、今回それは免除されたようだ。但し、私とクリス先生は図書館にしかいれず、生徒達が様々なクラスに移動する際には中には入れなかったため、写真が撮れなかったのが残念。それでも図書館では、日本語クラスの生徒達とグループに分けられ、お互い自己紹介をしたり、自分たちの日常はどういう過ごし方をしているかを英語や日本語を交えながらコミュニケーションをした。英語力の高い生徒たちなので、私の助けがなくとも十分に話ができている。
11時になるとランチタイムだ。少し早めだったが、みんなでカフェテリアに行き、アメリカ人の生徒達と共にランチを食べるが、日本から持って来たお菓子も大人気だ。自宅から弁当を持参する生徒もいるが、学校のカフェテリアのランチは無料で配られる。私もその恩恵にあずかった。メニューもサンドウィッチかハンバーガーを選べるようになっているが、やはり人参は生のものがでてきた。
最後は全員が図書館に集まり、日米の生徒達のグループ分けをして、鹿児島とシアトルに関わるクイズを日本語と英語を織り交ぜながら、グループを競わせるゲーム形式で行われた。「世界遺産に登録された鹿児島の。。。。」といったところで、ヒカルが、屋久島!「鹿児島の一番南にある島は?」という問題には、鹿児島を聞き逃していたのか、沖ノ鳥島や、与那国島の名前を挙げる者も!!やっと与論島の答えが出た時には、ほっとした。(笑)「ワシントン州の州都は?」の問題には、有名なシアトルと答える人が多いが、実はオリンピアだ。一番沢山答えられたグループには、ご褒美のお菓子が与えられた。こういう所がアメリカだなぁと感じる。結局政井先生からは、全員にお菓子を配っていただいた。たくさんのこのような質問を作ってくださり、本当にありがたい!こういうゲーム感覚の授業は、生徒達の目が一番生き生きとしてくる。笑顔があふれていて、とても楽しそう。そこは世界共通だ。ここでの生活も半分が過ぎたが、まだ帰りたくないと口々に言う生徒もいる。
午後は、Food Bankのボランティア活動だったが、人数が多く、一度に施設に入れないため、急遽10人ずつ分けることに。そして残りの半分は、コストコへ。クリス先生しかコストコメンバーのカードを持っていないので、先生が10名をコストコへ。そして私は、ボランティア活動へ。明日はこのグループが交代して活動をする。ボランティア活動では、まず施設内の案内から始まり、企業や政府、個人から寄付されたものが陳列されてある所を案内された。ショッピングカートに、家族の人数の札をつけて回るのである。10人のグループに分けられ、ナスやジャガイモの袋詰め、巨大な箱に入ったショートパスタの袋詰めなど、みんな仕事がテキパキしていて早い!彼らは意外にも単純作業が好きなようだ。何も考えずにできるからと!中でもユナの手際の良さには脱帽!この作業をするにあたり、今日は現地の受入機関のスタッフであるリサが来てくれた。「日本にはこういうフードバンクはないのか?」と聞かれ、「子供食堂はあるけど。。。」と。アメリカでは、学校でフードバンクの仕事を経験することが卒業の要件になるという話を聞いて、日本でもこういう経験ができたらいいなと感じた。作業に速さと手際さと丁寧さ、そしてこなした仕事量はなかなかのものだった。誰かの役に立つということ、いいことをしたということへの清々しい気持ちでフードバンクをあとにした。
その後は、クリス先生宅に行き、サヨナラパーティーでホストファミリーへ渡すギフトのアートプロジェクト。油絵のキャンバスに自由に絵や感謝の言葉を描くものである。時間があまりなかったが、準備から片づけまで、みんなが協力的に動いてくれたので時間内に終えることができてよかった。今日は移動も含めていつもよりたくさんのことをして、みんなお疲れ気味のようだったが、いつまでも笑いが絶えない時間だった。あと、どうしても話をする時には日本語を話してしまいがちだが、クリス先生がNo Japanese!English Only!との声かけに、途中からこれらの作業もみんな英語で話していた。出川イングリッシュもたくさん聞かれていたように思うが、それでも英語で話そうというみんなの心意気があり、私も嬉しかった。帰りの車の中でも英語をしゃべっていた。Good Job!Everyone!!
ここでの生活もあと3日。悔いのないよう、そして残りの時間をホストファミリーのために最後まで何ができるかを考えて生活してほしい。今日も一日、お疲れ様。そして日々の貴重な体験をさせてもらっていることにも感謝したい!おやすみなさい。
3月31日(火)
今日の午前中は、ピュアラップ高校へ。中に入ると風格と趣のある造りの建物で、100年以上の歴史ある学校らしい。ジャパンホームステイで招待され、加治木高校、鹿児島玉龍高校、加治木中学校、鹿屋高校にお世話になったバレンティナ、ケイリー、メイソンの3人が私たちの到着を待ってくれていた。彼らは、ここピュアラップ高校の出身だ。校長先生、そして日本語クラスの吉川先生も私たちを出迎えてくれた。加治木高校と鹿屋高校の生徒たちは、彼らに会ったこともあるので、互いに再会を喜んだようだ。吉川先生が、アメリカの生徒たちは日本人が来るのをとても楽しみに待っていたとのこと。ありがたい限りである。
最初に校長先生の挨拶があり、その後に3人の生徒が日本語で歓迎の言葉を言ってくれた。その後、校長先生がキャンパス内を案内してくれた。ここは1800人を超える生徒がいるらしい。少子化の日本とは異なり、つくづくアメリカは子供が多いなと思う。今まで行った高校もそうだが、施設がすごい。ここも生徒が運営するカフェがあったり、コンサートや演劇ができるような立派なシアター、バスケットコートなどの運動施設も大変充実している。大学規模の広さで、高校の周りにはたくさんの車が停まっていて、職員以外にも車で通う生徒の車もあるのであろう。
校内の案内後は、2,3人ずつに分かれて、アメリカ人のバディーがつき、彼らが受けるクラスに連れて行かれた。美術のクラス、数学のクラス、ライティングのクラスなど、様々な授業をうけ、その後は、日本語の吉川先生のクラスに連れてきてもらい、全員が揃う。最初は、まだ日本語を学び始めて間もない生徒たちがクラスに入ってきた。日本人の生徒は英語で、アメリカ人の生徒は日本語でそれぞれ自己紹介を行う。また、日本から持ってきた日本文化紹介のアルバムやスクラップブックを見せながら、英語力を鍛えていた。しっかり準備してきた子は素晴らしいものを作ってきていたが、一部、何も準備してきていない生徒がいたことは残念であった。
そして、昨日Bethel高校のようにクイズを行う。「鹿児島の有名な食べ物は?」「日本の学校の新学期はいつか?」「シアトルにはない企業はなにか?」など、4択で答えるもの。ひっかけ問題があったりして、おもしろかった。たくさんの質問を考えてくれた吉川先生に感謝である。日本の生徒には英語で質問をし、アメリカ人には日本語の質問で、お互いが日本語や英語でバディーに伝えて、答えを導き出すという形式だ。昨日と同じように今日もかなり盛り上がった。生徒たちに一番楽しい時間は?と聞くと、やはり高校でのアメリカ人の生徒との触れ合いのようだ。
ちなみに、吉川先生は、今週末からアメリカ人の中高生を引率して、日本の大阪方面へ旅行するらしい。旅行会社が企画した教育旅行のようだが、説明会をしたら200名を超える親子が集まったらしく、申込者が殺到し、キャンセル待ちになり、申し込みができなかった人から、「どうにか行けるようにしてほしい」と懇願されているとのこと。私たちのようなホームステイではなく、ホテル滞在らしい。また、円安といえどもかなり高い料金らしい。それだけ、我が国日本が魅力的な国に思われていることは誇りである。私のホストファミリーも日本のコンビニに行きたいと言っていた。ジャパンホームステイにきた生徒達も、まずどこに行きたいかと聞くと、「コンビニ!」だそう。アメリカと違い、物の豊富さが違うとのこと。私はアメリカのスーパーに行くのが一番楽しみだが!!
あっという間に時間も過ぎ、アメリカの生徒とランチを食べて、別れを惜しんだ。記念撮影をする生徒、名刺を渡す生徒、お菓子をあげる生徒など、短時間ではあったが、過去の先輩たちのように、この出会いの中から、一時の関係で終わらせるのではなく、今後も長く付きあっていけるような関係を作りあげてほしい。英語でのメールのやり取りは、思った以上に英語力向上に役立つはずである。
午後は昨日と同じで、20名を半分に分けて、昨日コストコに行った生徒はFood Bankでボランティア、ボランティア活動をした生徒はコストコへ。私は2日間ともにフードバンクの活動についていたので、昨日と今日の写真はボランティア活動のみで、残念ながらコストコに行った写真はない。最初の予定にあったモールでの買い物は、このスケジュールチェンジのためできなくなったが、それぞれのホストファミリーに連れていってもらうか、帰国時の空港で買う機会があると思う。Food Bankでは、昨日と同じで、まず施設内の案内をしてもらい、その後は、パスタの袋詰め、卵のパック詰め、ジャガ芋の袋詰めだ。何も考えずに無心でできると、最初は喜んでやっていたが、ここでの2時間の作業の後には、さすがに疲れた様子だった。しかし、何よりも誰かのために役に立てたことの充実感はみんな同じだろう。フードバンクの施設のスタッフも、生徒達の手際の良さと仕事の早さに大変感激していただいた。喜んでもらい、心地よい疲れであることには間違いいない。お疲れ様でした!!
4月1日(火)
今日から4月。日本では、新学期の準備で慌ただしいと思うが、私たちは毎日新しい経験をしながら、アメリカでの充実した生活を送っている。
今日も朝から雨。午前中はロジャース高校訪問だ。ここにも日本語クラスがあるが、クライス先生といって、ピュアラップ高校でもお世話になった吉川先生のご主人である。
クラス内には日本のものがたくさん。先生が1996年に初めて日本に行った時に買ったというCCレモンのジュース缶などが飾ってあった。先生も私たちと同じように、異国の「初めての物」をこのように思い出の品としてとっておくのだなと思うと、親近感を覚えた。壁にはたくさんの列車のポスターが貼ってあったので、私が生徒に「電車おたくかな?」と言ったら、聞こえたらしく、「そうそう、電車オタク!」と言っていた。あ、先生は日本語がわかるんだった!!(笑)
ここの高校は今年初めて受け入れてくれた。最初に名前を紹介してもらい、またそれぞれパートナーを組んで、フリートーク。日本紹介の写真などを見せながら、話ははずむ。ここの生徒達は今までと比べるとシャイな生徒が多い印象で、どちらかといえば日本の生徒の方から積極的に話しかけていたようだ。ルナのパートナーの男子がシャイな男子で、彼女が一生懸命明るく話しかけていて、段々と彼の心を開いているかのようだった。
その後は、クライス先生がいくつかのクラスを案内してくれた。最初は建築、木工、土木関係のクラスで、ここもその施設の素晴らしさが際立っていた。自動車学校にあるような、重機を使うシュミレーターもあり、その設備にいち早く気付いたショウタが、「これは何か」と質問をし、早速体験をさせてもらっていた。
次は農業のクラスで、ビニールハウスに案内された。この先生も日本語が話せるとのこと。ここではたくさんの植物を栽培しており、これらの園芸品は、学校で販売をするらしい。「その売り上げたお金はどこにいくのか」と、ミオT.やスイが質問をすると、次の植物を栽培する資金として使うのだという。日本の農業高校で、時々地域の方々に野菜などを販売しているが、それと同じだろう。アメリカの高校では一般教養科目と同時に、このような将来の職業選択に結びつくような科目が幅広く準備されているし、一つの教科にもレベル別のクラスもあるとのこと。幅広く様々な教科が準備されていて、日本だと、普通科、農業、商業、工業、水産高校と分かれるが、多様な選択肢が単一の高校にあるのは素晴らしいと思う。高校時代から木工、建築、土木、工業、車の整備、修理、エンジニアリング、メディア関連など、必要最低限の知識を得られることがすごいと思う。
次に数学のクラス。コンピューターが並んでいた。このクラスの先生は日本人とのダブルということで、日本語は流暢。奥さんが先ほどの園芸科の先生だそう。だから日本語が話せたのかぁ!何かのプロジェクトが昨日で終わり、今日は生徒達にそのご褒美ということで、スモア(S'more)というアメリカ人が大好きで、キャンプファイヤー時によく作る人気のお菓子を振る舞うところだったらしい。そこに私たちがきたので、その恩恵にあずかり、一人の男子が私たち全員にそれを作ってくれた。クラッカーにチョコレートとマシュマロを挟んで食べるのだが、それを挟んで電子レンジでチンするという形。通常はキャンプファイヤーの直火でマシュマロを焼いて挟むので、本当のスモアではないと先生が言っていたが、生徒達は皆美味しそうに食べていた。
次はMusicのクラスへ。今年の生徒は、音楽をする子が多く、ギターが見えてきたら、目の色が輝いていた。まずは合唱のクラスに入る。そこで担当の先生がギターやベース、ジャンベを生徒達に貸してくれて、即興でセッションが始まる!サクタロウとヒカルのギター、ケンシロウのベース、そしてドラムがなかったが、ジャンベがあったのでそれを代用して、先生がピアノを弾いて曲を奏でる。そこにダンスをしているスイが飛び入りで踊りだす!今年の男子は芸達者揃いである。明日のサヨナラパーティーが楽しみだ。
日本語のクラスに戻り、違う学年の生徒が入ってきた。また同じようにパートナーを組みフリートーク。コミュニケーションを始めるためには、まずは質問からである。こちらからボールを投げることにより、相手からもボールが返ってくる。それを続けることで、お互いに打ち解けていくわけだ。ただ会話だけではなかなか続かない。そこにはトピックが必要なので、自分が持ってきた日本紹介文を見せながら説明をしていく。ここで4校目なので、生徒達は手慣れたものだ。
最後に記念撮影をして別れるが、みんな作ってきた名刺を渡したり、インスタを交換したりしていたようである。昨年の生徒もそうだったが、一年経っても付き合いがあるようで、みんなもそういう長い付き合いを続けていってほしい。
その後、昨日のスケジュールでモールの予定が削られて、今日たまたま時間があったので、モールではなかったが、買い物がしやすく安く買えるし計算もしやすいDollar Tree(1ドルショップ)へ。こっちにダイソウがあったが、そこは最初から2ドル以上の値段がつけられていて、円安も手伝ってかなり高く感じる。まだお金がたくさん余っている生徒もいたので、結構買い物していたようだ。
2時30分に消防署へ。私が一番楽しみにしているところである。(笑)
署内の施設を案内してもらい、消防車のある場所へ。消防車を見せてもらい、装備品などの説明を受ける。車の事故などで、車を壊して中にいる人を助けたりするときに使う大きなカッターでは、どのくらいの威力があるかを見せるために小さな水のペットボトルをつぶすデモストレーションが。。。。。水が大きな音をたててクラッシュするのは見ものであったが、何本も水の無駄使いをするのはちょっと気になった。ここでも質問タイムが。。。。質問をする生徒はいつも決まっている。男子はよく質問をしている。女子の一部は結構質問をするようだが、期間中全く質問が出ない子もいた。宿題にたくさんの質問を考えておくようにと言っていたのだが、そこは少し残念である。質問を考えつかないのか、英語がわからないのか、手をあげる勇気がないのか、理由はわからないが、さすがに今日は、この機会が最後なので、小声でこれ聞いてみて!といくつかの質問のヒントを投げかけると、英語できちんと質問できている。なんだ、英語じゃないのか、と思うと、質問をするという行為そのものに慣れていないのか、非常に気になるところである。質問がないということは、興味すら示していないのではないかとさえ思ってしまうのだ。明日は大学訪問。最後くらいはもっと沢山質問をしてほしい。
明日はいよいよ最後の活動である。大切なサヨナラパーティーでもある。最後まで気を引き締めてがんばってほしい。
4月2日(水)~4月4日(土)
あっという間で、今日がアメリカで過ごす最後の日。午前中は大学のキャンパス見学だ。少し時間があるので、まずはクリスの家に全員が集合し、先日作成したホストファミリーへ渡すギフトのラッピングをした。今日はパーティーが終わったらそのまま空港へ直行し、日本へ帰国という長い日になる。よって、夕刻のパーティー会場にホストファミリーが生徒のスーツケースを持ってきてもらうという段取りである。
訪問する大学は、タコマにあるPacific Lutheran Universityという私立の大学。アメリカの大学は、緑に囲まれた広々としたキャンパスの中に、芝生と並木道があり、どこにカメラを向けても美しい景観だ。外観はレンガ作りの伝統的な建物だが、中に入ると現代的で洗練された設備が整っていて、まさに憧れの大学キャンパスだ。まずは、大学についての説明を受ける。入学は、一度だけではなく、年に3回のチャンスがあり、日本のような共通テストはなく、アプリケーションとエッセイ、高校時代の成績証明書の提出だけとのこと。ここは日本との一番大きな違いだろう。その後、2つのグループに分かれてキャンパスツアー。案内をしてくれるのは、現役の大学生だ。構内を後ろ向きに歩きながら流暢に説明する様子は手慣れたものである。このようなプレゼン能力は、おそらくアメリカの高校にあるスピーチのクラスで培われるのだろう。実際に今まで訪れた高校内を案内してくれたのもアメリカ人の生徒であった。表現力を養う意味では、このようなスピーチのクラスが日本にもあれば、もっと人前で話すことの能力がつくのではないかと思う。
大学訪問後は、サヨナラパーティーの行われる会場へ。そこはアヤナとユイのホストファミリーが働いている施設であった。二人のホストファミリーは、毎年私たちの生徒を受け入れてくれる家族だ。まずはランチを食べて、会場の飾りつけや会場のセットアップなどを行う。その後は出し物の打ち合わせや個人練習などを行う。そうこうするうちに、新学期から一学期間だけ川内高校へ短期留学するエレナ・パーハックさんが お父さんとやってきた。私たちの帰国に合わせて一緒に日本へ行く段取りである。まずはお世話になる川内高校の生徒達との顔合わせをする。お母さんが日本人であることと、お父さんも日本に住んでいたこともあり、彼女の日本語は流暢である。最初緊張していたが、ユズハが一緒にいてくれて、緊張を解きほぐしてくれたようだ。
午後5時半になるとホストファミリーが集まってきて、いよいよサヨナラパーティーの始まりだ。ピザやケーキ、生野菜、飲み物等が準備され、私たちも日本からのお菓子を振る舞った。最初の30分間はそれぞれのファミリーと食事を楽しみ、次に生徒達の出し物である。
司会はルナとミオA.いつも元気で明るい二人が開会を宣言。
1番目は、ユナとユズハによるマジックだ。ユズハはトランプマジックで、ユナは数字を透視するマジック。二人とも英語で説明をしながらの堂々としたマジックで、素晴らしかった。
2番目はスイのヒップホップダンス。なめらかで流れるような動きの中にも力強くエネルギッシュなダンスはとてもかっこよかった。いつも穏やかなイメージのスイだったので、キレッキレのダンス姿にみんなびっくりしていたようだ。
3番目は、日本でも軽音楽部でバンドをやっているショウタ、ケンシロウ、サクタロウ、ヒカルの4人。先日も訪問した高校のMusicクラスでその腕前を披露していたが、今回が彼らにとっては本番である。ドラムは、スネアドラムしかなかったので、ペットボトルや段ボール箱を使って自分なりのドラムセット?を作っていたショウタには感心した。ケンシロウとサクタロウ、そしてヒカルの3人はギターを弾きGreen dayの曲を演奏。ボーカルはサクタロウだ。4人の息はぴったりあっていて、かなり盛り上がった。音楽の力は言葉を超える。
4番目は、サアヤによる習字。名前を漢字の当て字で書いてあげるとなると、たくさんのホストファミリーの列ができた。名前を聞いて瞬時に漢字にあてはめなければならないため、漢字の能力も求められる。名前を書き上げて掲げる度に拍手喝采。
5番目は、一緒に滞在をしているユイ、アヤナがキーボードを連弾し、ホストブラザーがギター、シスターが歌を歌う「ブルーノマーズのCount on me」を演奏。音楽という共通の趣味からなる最高の歌だった。最高のハーモニーは実に素晴らしい。ホストマザーも子供たちの演奏に満足そうだった。
6番目は、鹿屋高校5名(ミハル、ユイ、アミ、アオイ、ミオT.)による福笑い。スーパーマリオの福笑いの顔は一枚ずつ手描きらしい。「楽をしたくなかったので」と、ミハル。5人の役割分担がしっかり分けられており、英語の説明もとてもわかりやすく、鹿屋高校ならではの団結ぶりがよくわかった。一番前に座っていた子供たちが、「やってみたい」と一斉に手があがる。こうやってホストファミリーも参加型のプログラムは大変喜ばれる。
7番目は、加治木女子7名(ルナ、ミオY.、ミオA.、シオン、アヤナ、ユア、アイ)によるマツケンサンバ!これは絶対に最後に盛り上がると思い、トリにした。サンバのリズムなので、陽気でお祭りのようなサンバ風ダンスで会場は盛り上がり。私のファミリーの子供が後ろの方でリズムにのって踊っていたそうである。
8番目は、生徒代表のお礼の言葉。前もって決めていた3校の代表は、(ヒカル、 ユア、アオイ)だ。順番を決めてサンキュースピーチの流れも3人で作りあげていた。自分たちで英語も考えていて、手直しの必要もなく、立派に感謝の言葉を述べてくれた。
9番目は私のサンキュースピーチ。私もさすがにここでは緊張していたのと、ここまで無事に何事もなくスムーズに事が運んだこと、そして、リハーサルも一回しかできず、正直大丈夫かなと思っていたが、生徒達が本番で素晴らしいパフォーマンスを披露してくれたことが感無量だった。ここでクリス先生へみんなが持ってきてくれた。このようなパーティーでは、やはり様々な特技を持つことは大きな強みになると感じる。それぞれが自分の役割をしっかりとこなしてくれたことに心から感謝したい。
Thank you Giftを、彼女の家にステイしたケンシロウとサクタロウにプレゼンターとなってもらった。
最後にクリス先生のThank you speech。その後に生徒からそれぞれのファミリーへギフトの贈呈だ。この時点で泣きながらホストファミリーと抱擁を交わす姿は、ホームステイでの一番のクライマックスである。ファミリーとどれほどの関係性をつくりあげることができたかが垣間見える瞬間だ。
そして、会場の全員で写真撮影をして、生徒やホストファミリーが協力しながら、会場の片づけをしてくれた。全員が迅速に行動してくれ8時の出発には間に合い助かった。それから一時間後の9時、全員が時間通りに集合してきた。搭乗手続きをするが、この時点で荷物の重量がオーバーする者が若干名。荷物を取り出したりしながらその過程もホストファミリーが手助けしてくれ、感謝しかない。そして、最後まで残ってくれたファミリーと最後のハグをしてセキュリティーゲートへ。フライトは、日付変わって夜中の1時過ぎ。最後のショッピングを楽しみ、台湾までの約13時間のフライトだが、夜行便なので、食事をとるとほぼ全員爆睡状態だった。そして、早朝の台湾に無事到着。到着して乗り継ぎの搭乗口までは、空港のほぼ端から端までと思われる距離感を感じた。約15分から20分近く歩いた感覚だ。日本への便はほぼこの搭乗口に集中していたようで、たくさんの日本人がいた。搭乗時間まで約1時間弱時間があったので、ここで最後の買い物の自由時間を与える。そして、いよいよ最後の熊本までのフライトだ。シアトルから台湾の中では全員爆睡していたため、感想文は全員集められず、熊本に到着するまでに書いてもらうことに。
帰国の道中、生徒に携帯電話がなくてどうだったかを聞くと、結果なくても困らなかったと。それ以外の時間を充実させることができたという言葉は、私も嬉しかった。
熊本から鹿児島のバスの中では、生徒達は旅の疲れを見せずに元気に話が弾んでいた。バスが鹿児島空港の敷地へ入ると、保護者の姿が見えてきた。ちょうど出発するときと同じような光景だ。バスを降りると保護者から拍手が!!全員の生徒がバスを降りるまでその拍手が鳴りやまず、無事に子供たちが頑張って帰ってきてくれた、という保護者の気持ちをその鳴りやまない拍手の中に感じとった。その時点でもう涙が出そうであった。そして、解散式を行った。今回は、世界情勢が不安定な中での出発であったが、こうやって全員が無事に帰国することができたことが、何よりも嬉しく、 緊張感から解放された私はここでもやはり感極まってしまった。全てのプログラムを無事に終えることができたことを心から感謝したいと思う。今年は昨年からさらに1校増えて3校合同の研修だったが、他校との繋がりで、お互い切磋琢磨できたこともよかったと思う。
この10日間で、生徒達は言葉だけではなく、文化や価値観の違いに触れ、大きく成長することができたと思う。そこには温かく迎え入れてくれたホストファミリーや現地の高校や施設、車での送り迎えの手助けなどをしてくれたクリス先生、日本の高校の同窓会関係の皆様、校長先生、教頭先生、担当の先生方、そして、皆さんのご家族の支援があって初めて成り立つものであった。このようにたくさんの方々のサポートがあって皆さん方の体験があったということを忘れないでいただきたい。
この経験が単なる思い出ではなく、それぞれの人生の大切な第一歩となったことを信じたい。今まで支えてくだった皆様に深い感謝と共に生徒達の更なる成長を願い、本記録の結びとしたい。最後にみんなからもらったメッセージや手紙、ありがとう!!
サクタロウ、あなた達は私にとっては全くバッドボーイズなんかではなく、本当にグッドスチューデントだったよ。みんな優秀で私こそみんなに助けられたと思っている。本当にありがとう。そして、2026 Team Puyallup”の絆よ永遠に!!